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2回目のブログです。
前回と同じく、知る限りの事を書いていきます。

私はつい先日まで、
「日本で一番面白い漫才師は誰だ?」
という問に関しては一貫して答えは決まっていた。

「ハリガネロック」だ。

と。
『つい先日まで』、というのは言わずもがな、残念ながら解散してしまってもう見ることができないからだ。
むしろ今同じ問をされた時に返答が見つからない。
結成から解散まで長い間見ていた自分としては、このブログで取り上げないわけにはいかないので書いていこうと思った次第です。

まずハリガネロック結成の話の前に彼らの吉本の同期を紹介しないとなりません。
ユウキロックさんの元相方、小林友治さんこと「ケンドーコバヤシ」、
大上さんの元相方、「ルート33」の堂土さん。
陣内智則さん、たむたけんじさん、ハリウッドザコシショウさん、「中川家」と現在も一線で活躍する凄いメンバー。
中でもコンビが結成から続いているのは「中川家」のみ。それ以外は全員コンビや解散などを経験している。

ハリガネロック結成前に「松口VS小林」でユウキロックさんは「爆笑BOOING」(大阪のコンテスト番組)に、
「あっぱれ団」の大上さんと堂土さんで、これまた「爆笑BOOING」に出ていた。
確か両組ともに1週勝ち抜いただけで勝ち抜けなかったと思うのですが、
両コンビとも解散し、特に「あっぱれ団」の大上さんはファミレスに堂土さんを呼び出し、

「ごめん、別れてくれ。」

と恋人同士だったかのように堂土さんをフッたという話が^^;
そして同期同士で「ハリガネロック」というコンビ結成に至ったわけですが・・・、

また話は「爆笑BOOING」に。
ハリガネロック結成半年で初挑戦。そこからなんと1枚もBOOINGカードが上がることなくパーフェクトでV5チャンピオンに!
そしてそのままチャンピオン大会を制して第10代グランドチャンピオンにまでも!
初挑戦の時をしっかり覚えております。凄く違和感を持ったのです。
これは今でも思っているのですが、売れている漫才師、お笑いコンビで今でもMC等で活躍している人は、

「鋭いボケ+鋭いツッコミ」

これが必要不可欠だと思うのです。今でも。
最近は奇をてらったものやWボケなど様々なパターンが開発されてきましたが、
この世代で「それ」を壊して結果を出して上り詰めた最初のコンビが「ハリガネロック」、だと思っているのです。
カテゴリで分ければ「ボヤキ漫才」に入るハリガネロックの漫才。多分。
しかしながら硬派な男くささのボケに、ツッコミなのにそれに同調して一緒になって乗ってボヤいてツッコむ。

録画を何度も見て、
「このコンビは凄いぜ!」
と思ったものです。
その勢いで出た大阪の賞レースのほとんどで賞を獲得。とんでもないコンビでした。
その後東京の番組を数回経験した後、「爆笑オンエアバトル」に挑戦。
番組開始からおそらく1年か2年してからの満を持しての登場だったと思います。
オンエアバトルの前に何回か放送されていたNHKの「お笑いダンクシュート」などに出てたりもしましたね。
数回オンエアバトルに出たあと、松口さんは芸名を「ユウキロック」に改名。
ネタの中で

「男松口としてはね?(それは許せない)」

みたいなフレーズがあったので、それ無くなっちゃうなぁ、なんて思ったり。

が、

私はこれ(改名)があまり好きではなかった。
二人に妙なキャラが付いてしまったからである。
ユウキロックに改名後、ネタが始まった時にサングラスで登場し、「目ぇ離れてましたー。」
ツッコミの大上さんも何故か舌をベロベロさせながら一緒に登場。
変な感じにブレたのか、はたまたキャラを活かして漫才以外のこともやりたかったのか。
それは未だに謎ですが、ちょっと大好きだったハリガネロックが「違うものになった」感がありました。

ただこれは私の大きな間違いだったとあとで気付くことになります。理由は後述。

ここでオンエアバトルで初のチャンピオン大会に。
当時ハリガネロックの武器として「ユニゾンツッコミ」というのがありました。
二人で同時に真正面にツッコむ、むしろ結成当初にもあったものを昇華させた一番盛り上がる武器だったのですが、
なんとチャンピオン大会の漫才の中で二度あったユニゾンツッコミをまさかの2度とも失敗。
同じツッコミを言うところで大上さんが間違え、動揺したのか2度目の別のユニゾンツッコミはユウキロックさんが間違えるという、
なんというか、惨敗。
ボールを転がすタイミングで大上さんが、
「こういう人間臭さもあるでしょー!」みたいな事を言っていたのが印象的でした。

そのユニゾンスタンスで始まった「M-1グランプリ」の第1回では準優勝。最終決戦は同期の中川家というドラマチックなものに。
ネタを間違えた中川家が勝ち、ハリガネロックに入った票は春風亭小朝師匠のみという、個人的に腑に落ちない結果。
翌年は前回準優勝のプレッシャーからか、インパクトを残せず最終決戦に進めず。
ただ逆にその悔しさからか、次のオンエアバトルでは見事にチャンピオン大会を制してチャンピオンに。
最後の出番で最後に盛り上げて優勝をかっさらっていきましたね!

しかし、

ここから。



ここからハリガネロックの辛い低迷期が始まったのです。



それ以降M-1グランプリの決勝の舞台に立つことは残念ながらありませんでした。

キャラも立っていて内村プロデュースなどにも出たりしましたが、あるポリシーがハリガネロックにはあったせいか、なかなかテレビで見ることはありませんでした。



「漫才しかしない」



のです。ドラマに出ることも無ければバラエティ番組のひな壇に座ることもほとんどない。
常に舞台。常に漫才。
むしろそれが私が思っていたこと。先ほど出てきた勘違いにあたります。



「漫才しかない」



このストイックさこそ、私は「一番面白い漫才師はハリガネロックだ」と結成から解散まで言い続けていた理由なのかもしれません。
なぜならば、漫才以外のネタを全く見たことがない。
コントひとつない。多分やったことはあると思うのですが、見た事も一回くらいあったかもしれませんが、ないくらいに覚えてない。
覚えていないというか、漫才のイメージしかない。これは凄い。そんなコンビ他にはいない。
漫才を研究し、ユウキロックへの改名もベロベロも「漫才への肉付け」だと思えばしっくりくる。

そして一度また転機が来ます。
「ボケとツッコミを入れ替えた時期」がありました。

私がハリガネロックのことをこのブログで書くときに、一番書きたかったものはこれ。

このボケとツッコミを入れ替えた漫才も、吐きそうになるほど面白かったのです!!!

おそらくこれをテレビでやった事はないかもしれません。
しかし、
肉付け肉付けで漫才を研究し、試行錯誤して漫才一辺倒で頑張っていたハリガネロックほど面白い漫才師はいなかった。
今でもそれは言い切れます。
結成10年目で最後のM-1グランプリ挑戦はこのボケツッコミが逆スタイルだったと記憶しています。

それ以降もユウキロックさんがプロレスしたり、節約芸人としてやりつつもボヤいていたり、
大上さんも家族のことばっかりブログに書いていたり(笑)。
お互い個人のポテンシャルの向上もしていたはずなのですが、
残念ながらこればっかりは芸能界が悪い。漫才だけでは売れないのです。
解散前は常に思ってました。
なんで「THE MANZAI」に出てくれなかったんだろうと。
それでも出なかったのは、「漫才で売れたい」ではなく、ただただ「漫才を続けたい」という想いだったのかもしれませんね。

解散は非常に残念ですが現在はお互いピンで頑張っていると聞きます。
そのストイックさを後輩達に伝えてあげてください。そして二人がやりたいことを今後続けていける事を願ってます。

個人的感情が多く入ったブログになってしまいました^^;

もしそれは違うよ!という点がありましたらご指摘頂けると光栄です。
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